Stories / ライアル作品のあらすじと感想



■ 「ちがった空」 "The Wrong Side of the Sky" (1961年)  →「モノ」解説

主人公、ジャック・クレイ。職業、パイロット。ジャックと、彼の相棒ケン・キトソンが、トゥンガバドラの回教藩主、ナワーブ殿下の盗まれた巨額の宝石をめぐって、愛機ダコタでエーゲ海の島々や北アフリカへ飛ぶ。



記念すべき処女作であり、元パイロットであるライアルならではの、飛行機に関する精緻な知識にもとづく描写という点でも特筆すべき作品。朽ち果てたダコタの表現がなんとも叙情感ある。ストーリー的にも明快で面白いし、飛行機をはじめ、銃などの「モノ」へのこだわりが早くもうかがえる。[1998/2/12]


■ 「もっとも危険なゲーム」 "The Most Dangerous Game" (1963年)  →「モノ」解説

主人公、ビル・ケアリ。職業、パイロット。ビルは、アメリカの富豪で射撃の名手ホーマーを、ハンティングのためにフィンランドの森の中へ愛機ビーバーで運ぶ仕事を請け負う。そしてビルは、森の湖中に沈んでいる戦闘機を偶然見つける。それは彼が長い間捜していたものであった。そしてそれが「もっとも危険なゲーム」への序章となる。



あえて分類するならホーマーは悪役だけれど、単に悪役というには語り尽くせない名キャラクター。富豪でありながらあくまで謙虚な態度、ビルとの間の奇妙な友情、そんなホーマーが絡むラストの展開は圧巻。これをライアルの最高傑作にあげる人も多い。また、ビルはライアル作品の全登場人物の中でも特にかっこいい。例えばSIS(英国情報部)に無理矢理協力させられることになるビル。しかし彼はどんな取引きにも応じない。彼を動かすには、彼自身が言うように「もしおれが行くとすれば、拳銃で威嚇された場合しかあり得ないのだ」。そういう彼の気骨にしびれる。ライアル得意の、精緻で緊迫感のある飛行シーンも堪能できる。[1998/2/12]


■ 「深夜プラス1」 "Midnight Plus One" (1965年)  →「モノ」解説

主人公、ルイス・ケイン。別名、カントン。職業、ビジネス・エイジェント。彼はかつてレジスタンスで仲間だった弁護士アンリから、ある仕事をひき請ける。それはフランス・ブルターニュからリヒテンシュタインまで、実業家マガンハルトを護送するという単純なもの。しかしマガンハルトはフランス警察から追われる身であり、さらに何者かが彼の命を狙う。カントン、マガンハルト、その秘書ミス・ヘレン・ジャーマン、そして雇われボディガードのハーヴェイ・ロヴェルの4人を乗せた、シトロエンDSが闇の中を走り抜ける。



言わずと知れたライアルの代表作にて最高傑作。CWA(英国推理作家協会)最優秀英国賞受賞。ハヤカワ書房主催「読者が選ぶ海外ミステリ・ベスト100」で堂々の総合2位(部門別(スリラー)では1位)。「読まずに死ねるか!」の書評で有名な内藤陳さんも絶賛(なにせ、氏の経営する酒場の名が「深夜+1」という)。まあ周りの評価はどうであれ、自分はこれがとにかく大好き。ストーリーや登場人物達はもちろん、ライアルの車や銃に関するこだわりが随所に感じられる。それにしても「深夜プラス1」っていいタイトルだな。というわけで、このサイトのタイトルも真似してしまいました(笑)。[1998/2/12]


■ 「本番台本」 "Shooting Script" (1966年)  →「モノ」解説

主人公、キース・カー。職業、パイロット。キースは有名俳優のウォルト・ウィットモアから映画撮影の仕事をひき請けるが、やがて南米の小国レプブリカの革命戦争に巻き込まれる。そしてキースのかつての傭兵時代の仲間で、レプブリカ空軍大佐のネッド・ラフターとの対決の行方は?



実は個人的には「深夜プラス1」の次に好きな作品。飛行シーンが極まっている(ホント?というところもあるけれど)。あとはいつものことながら、登場人物がいい。特にキースの恋人(?)J.B.と宿敵ネッドが際立った存在。J.B.は弁護士で知性あふれる女性。ネッドはプロのパイロットとしての冷徹さ、またキースとギャンブルでの対決シーンで見せた、バクチ打ちとしてのいさぎよさがいい。もちろんキースも、すごくカッコイイ。キースいわく「キース・カーは絶対に消耗品ではない」と言い切るところなんか最高。[1998/2/12]


■ 「拳銃を持つヴィーナス」 "Venus with Pistol" (1969年)  →「モノ」解説

主人公、ギルバート・ケンプ。職業、骨董商、実は密輸のプロ。ケンプは、ニカラグアの女富豪ドナから、ヨーロッパ各国から買い集めた絵を運ぶ仕事をひき請ける。しかしセザンヌの絵をパリからチューリヒへ運ぶ途中、何者かに絵を奪われてしまう。ケンプのプライドをかけた反撃に対し、さらなる罠が。



ライアルは絵にも詳しいのだなと改めて感心した。主人公ケンプの魅力がちょっと欠けるのが難点か。[1998/2/12]


■ 「死者を鞭打て」 "Blame the Dead" (1972年)  →「モノ」解説

主人公、ジェームズ・カード。職業、保安コンサルタント。カードは、海上保険業者フェンウィックのボディガードをひき請けるが、彼の目の前で依頼人は射殺された。カードは犯人捜しを始め、やがて莫大な海上保険金をめぐる陰謀が明らかになっていく。



500ページ以上もあり、ここまでのライアルの作品の中では一番の長編大作。ストーリーがシリアスで、後のマクシム少佐シリーズに近いものを感じる。[1998/2/12]


■ 「裏切りの国」 "Judas Country" (1975年)  →「モノ」解説

主人公、ロイ・ケイス。職業、パイロット。ロイと、刑務所帰りの相棒ケン・キャヴィットは、莫大な価値を持つ中世の宝剣を求めて、中東へ愛機を飛ばす。そして宝剣をめぐる人間たちの数々の裏切りが、彼らを追いつめて行く。



久々の(そして最後の?)パイロットもの。やはりライアルはこうでなくちゃと思うけれど、この作品はすこしストーリーがヘビーか。後味がちょっと...。[1998/2/12]


■ 「影の護衛」 "The Secret Servant" (1980年)  →「モノ」解説

主人公、ハリイ・マクシム。職業、陸軍少佐。マクシムはダウニング街の首相官邸に勤務することになった。首相官邸へ手榴弾が投げ込まれた事件をきっかけに、高名な軍事評論家タイラーの秘密が明らかになっていく。



マクシム少佐シリーズ第1作。このシリーズから文体が第一人称表記から第三人称表記に変わっている。政界の内幕の描写も詳しく、冒険小説というよりはスパイ小説に分類されるだろうか。明らかに今までとは違った作風で最初はちょっと抵抗あり。しかし訳が久々に菊池光さんに戻ったのはうれしかった。[1998/2/12]


■ 「マクシム少佐の指揮」 "The Conduct of Major Maxim" (1982年)  →「モノ」解説

主人公、ハリイ・マクシム。職業、陸軍少佐。マクシムのSAS時代の部下(※訂正)がトラブルを起こし、マクシムの元に助けを求めてきた。部下を救うために調査を始めたマクシムは、やがて東ドイツの書記局員である大物政治家の秘密をめぐるスパイ戦に巻き込まれる。



マクシム少佐シリーズ第2作。第1作では比較的おとなしかったマクシムの、軍人としての活躍が堪能できる。そして彼が優れた指揮官であることもわかった。[1998/2/12]

※訂正 [1998/8/31]
トラブルを起こしたブラッグ伍長は、正確にはマクシムのSAS時代の部下(カズウェル)の部下で、マクシムとブラッグは直接面識はなかった。

■ 「クロッカスの反乱」 "The Crocus List" (1985年)  →「モノ」解説

主人公、ハリイ・マクシム。職業、陸軍少佐。マクシムが警備するロンドンでの陸軍元帥追悼式で、賓客のアメリカ合衆国大統領が狙撃された。犯人の捜査を始めたマクシムだが、やがてかつて作られた影の組織の姿が明らかに。



マクシム少佐シリーズ第3作。さすがに3作目ともなると、登場人物がおなじみとなり、愛着が湧いてくる。マクシムの直属の上司でかつての首相補佐官(本作では国防省幹部)ジョージ・ハービンガー、MI5所属でマクシムといい関係になりつつあるアグネス・アルガーなど。TVドラマ化したらキャストはどうなるかな?とか考えてしまう。[1998/2/12]


■ 「砂漠の標的」 "Uncle Target" (1988年)

主人公、ハリイ・マクシム。職業、陸軍少佐。英国の時期主力戦車MBT90がヨルダンの砂漠で行方不明になった。戦車を破壊するために派遣されたマクシムは、図らずも戦車の車長として指揮をするはめに。不慣れな戦いで苦戦を強いられるが...。



マクシム少佐シリーズ第4作。巨匠はついに戦車にまで手を出したか、という感じ。戦車という、今まで自分にとって全く知らない世界を垣間見ることができた。でも、正直言ってストーリー的にはイマイチ物足りない。[1998/2/12]


■ 「スパイの誇り」 "Spy's Honour" (1993年)

主人公、マシュー・ランクリン。職業、英国情報局のエージェントで陸軍大尉。時は1912年。第一次大戦勃発直前の激動のヨーロッパを舞台に、かつては上流階級の身でありながら理由あってスパイとなったランクリン大尉の暗躍を描く新シリーズ。



ランクリン大尉シリーズ第1作。「昔から、わたしは英国情報部揺籃期の物語を書きたいと考えていた。彼らが、行動のなかでルールをつくっていった時代について。オリエント急行に乗って黄金時代のヨーロッパの在外公館へと旅してみたい--そして、その黄金時代がどんなものであったかを見てみたい」(訳者あとがきより)。このライアルの言葉が示すように、ライアルとしては初めての、いわば時代小説ともいえる作品。古くからのライアル・ファンはまた戸惑うだろうと思う。しかし、この前のマクシム少佐シリーズを認めるファン(私はそうだ)であれば、本作品はまず間違いなく面白いと思うはず。そしてライアルの奥深さにうなるだろう。個人的には続編(すでに3作が翻訳待ち)が待ち遠しい。[1999/11/13]


■ 「誇りへの決別」 "Flight from Honour" (1996年)

主人公、マシュー・ランクリン。職業、英国情報局のエージェントで陸軍大尉。1913年のヨーロッパ諸国は、戦争に向けて熾烈な駆け引きを繰り返していた。そんな折り、オーストリアと対立するイタリアの上院議員ファルコーネが、イギリスへ渡ってきた。目的は、当時実用化されたばかりの飛行機を兵器として調達することらしい。真の目的を探るため、ランクリンはファルコーネに接触する。そして徐々に陰謀の全貌が明らかになっていく。



ランクリン大尉シリーズ第2作。アイルランド人でかつて反英運動の一員でありながらランクリンの相棒となったオギルロイ、そしてアメリカの大富豪の娘でランクリンの協力者であり愛人(?)のコリナなど、前作からすでにお馴染みとなったメンバーが、本作でもやや頼りなげなランクリンを助けて活躍する。これぞシリーズものの醍醐味。また本作のキーポイントでもある飛行機の、黎明期のほとんど知られていないエピソードや、操縦シーンなどの緻密な描写はさすがライアル。[2000/8/4]


■ 「誇り高き男たち」 "All Honourable Men" (1997年)

主人公、マシュー・ランクリン。職業、英国情報局のエージェントで陸軍大尉。第1次大戦勃発直前の1914年、ヨーロッパの緊張は中近東にも飛び火していた。ドイツからオスマントルコ帝国を経て中近東まで達する大動脈、バグダッド鉄道の建設を妨害したい英国は、ランクリンとオギルロイを送り込む。ドイツ、トルコ、英国、そしてフランス、各国の思惑が複雑に絡み合う中、ランクリン達は幾多の危機を乗り越えていく。



ランクリン大尉シリーズ第3作。本作品もタイトル中に「誇り」という言葉が含まれ、やはりこれが本シリーズのメインテーマだ。すでに英国情報局の中でもエキスパートの諜報員となったランクリン。誰も信用できない、騙し合いが当たり前という中で、ランクリンは任務で行動をともにする、さる上流階級の夫人から自らの誇りについて問われ、こう答える。「昔は誇り高き男だったと思います。少なくとも、そうあろうとしていました。」その葛藤する姿は、まさしくライアルが描くヒーローに他ならない。そしてクライマックスで、ランクリンはかつて自分が陸軍の砲兵だったときのライバルとあいまみえる。不利な状況の中、死闘を繰り広げる様は、ライアルの初期の傑作「もっとも危険なゲーム」を彷彿とさせる。[2002/7/26]


■ 「誇りは永遠に」 "Honourable Intentions" (1999年) (new!)

主人公、マシュー・ランクリン。職業、英国情報局のエージェントで陸軍大尉。時は1914年の春、英国王室のスキャンダル−現国王の隠し子が名乗り出ようというのだ−が露見しそうな事態が。折りしも、不穏な動きを続けるドイツに対抗すべく、国王がフランスへ友好公式訪問する直前であった。スキャンダルの真相の究明と、ことを隠密裏に葬り去るべく、またもやランクリン達が駆り出される。



本作はランクリン大尉シリーズ第4作、そしてライアル最後の作品となってしまった。名実ともに英国情報局の副官となったランクリンにとって、今回の王室のスキャンダル封じという仕事は、戸惑いを隠せないようであった。それでもランクリンは、スキャンダルの真偽はどうあれ、英国の威厳、そして誇りを守るために、原因となっている人物=隠し子の母親のラングホーン夫人の排除、を決心する。しかしオギルロイの強固な反対にあい、一転して陰謀の首謀者らに拉致されている夫人を救出することになる。のちに、同じチームの経験の浅い同僚から「大尉は本当に夫人を殺したがっているのだろうか?」と問われたオギルロイはこう答える。「重要なのは、大尉がいいスパイになりたい、と考えていることなんだ。それが自分に与えられた仕事である以上、大尉という人間は、当然のこととして、仕事を全うすることに最善を尽くそうとするんだ。だが大尉がそれをするためには、おれたちみたいな人間より、たくさんのことを忘れなくてはならないんだろうと思う。皆が皆、大尉のように誇り高く、真っ正直な人間、ってわけじゃないってことさ。」...そう、それがライアルが最後に残した謙虚で誇り高きヒーロー、ランクリンという男なのだ。[2003/2/9]

追悼:ギャビン・ライアル

私がライアルの訃報を聞いたのは、2003年1月22日。そのわずか2日後の2003年1月24日に、刊行されたばかりの本作「誇りは永遠に」を手にとり、冒頭に記された献辞を目にしたとき、深い感慨を覚えるのを禁じえなかった。

キャスリンに捧ぐ。
ありがとう、なにからなにまで。


めったに献辞を書かないライアルであるがゆえに、ことさらであった。もちろん、ライアルが妻に捧げたこの言葉の持つ重さは、私ごときには到底推しはかれようもない。ただ冥福を祈るのみである。[2003/2/9]


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