Mono Guide, "Midnight Plus One" / 「モノ」解説〜「深夜プラス1」
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ライアル作品の「モノ」解説第1弾はもちろん「深夜プラス1」。こうしてまとめてみると、あらためてライアルのこだわりの奥深さがわかりました。[1998/2/12]
※文中の引用(太字)は全て、早川書房刊「深夜プラス1」(菊池光訳、ハヤカワミステリ文庫)より。
- パリにあるマガンハルトの車はまだ警察に押えられていないんだ。それに連中はおれがキイを持っていることは知らぬはずだ。フィアット・プレジデントとシトロエンDSと、どちらがいい?」(P14)
主人公カントン(ルイス・ケイン)の旧友で弁護士のアンリが、選択をカントンに委ねた、シトロエンDSの他のもう一つの候補だった車。もしもこちらが選ばれていたら、この作品はこんなに好きにならなかっただろう。ところで、フィアット・プレジデントってどんな車だ?フィアットは大好きなメーカーだけれど、これは知らない。調べてもわからなかった。すみません。
- 銃身2インチのスミス・アンド・ウェッソンで、.38スペシャルが5発こめてあった。(P26)
アル中ガンマン、ハーヴェイ・ロヴェルが使う。モデル名は明記していないけれど、M36と思われる。カントンもいうように「どこにでもあるようなごくありふれた銃である」。しかし、「ただ違うのは、にぎりをよくするために木部が少しつけたしてあった。それも仰々しいものではない。」というところが、プロの道具を感じさせる。ハーヴェイがこの銃を愛用するわけは、彼の以下の科白から。
「相手に損害を与えるのには38口径の弾が必要だ。38口径の自動拳銃は重すぎて形もはるかに大きくなる。」
やはりプロっぽい理由だ。
- どんな銃だ、とききかけたので、「1932年型のモーゼルだ」と教えた。(P27)
カントンが使う。シトロエンDSと並び、深プラになくてはならない存在がこのモーゼル。モデル名はM1932で、カントン自身が「俗に<箒の柄(ブルームハンドル)>といわれたあの旧式のモーゼル銃、特に全自動切り換え装置をつけた1932年型にまずい点は多々ある。目方は3ポンドもあって全長1フィートもある。握りの部分が不安定で、全自動で発射すると怒った猫のように手の中で跳ね回る。」というように、デカイ、当たらない、というシロモノ。しかし、その美しいスタイルや、独創的なメカニズムはある種の芸術品を思わせる。欠点を認めつつ、あえて使うところにカントンの美学を感じる。ちなみに、ハーヴェイの皮肉が最高。
「トレイラーにのせて引っ張って行くのか?それとも貨物列車で先に送っておくのか?」
- 目当ての車を見つけた。黒いシトロエンDSである。流線形の先端を見るといつも口をあけかけた牡蠣を思い出す。(P30)
ここ2年ほどシトロエンDSを運転したことがない。ひじょうにすぐれた車ではあるが、同時にたいへん変わった車でもある。ギア・チェンジは手動だが、クラッチがない。前輪駆動で、すべてが油圧で作動される。緩衝からパワ・ステアリング、ブレーキ、ギア・チェンジ、すべて油圧である。この車には人間の体より多くの管が走っている−−ということは、出血し始めたら終わりということである。(P32)
深プラの代名詞、ともいえるDS。このDSは「2年前に比べて馬力をふやしてある」というから、61年以降のモデルのDS19と思われる(61年に75HP→83HPになった)。しかしあらためて思うのは、DSを選んだカントン(あるいはライアル)のセンスだ。アンリにフィアットとDSとの選択を委ねられたとき、「目立たない色なら」という条件つきとはいえ、ほとんどノータイムでDSを指定した。ハイドロニューマチックという、信頼性ではリスキーな面があるものの、一方では「陸の巡洋艦」と称され当時では最高のロングツアラーであることをわかっていたのか。そして「車が縮まって自分の周囲にぴったりと密着し、体の一部分になったような気がした。 ≪中略≫ 車は薄暗い操縦席にいるハーヴェイと私だけを乗せて強力な弾丸のように正確に暗夜を飛んで行く。」(P52)こんな描写はDS以外ではできないと思う。
※追加 [1998/12/18]
「すべてが油圧で作動される」のところ、原文では、ちゃんと "everything works by hydraulics."と記述されている。もちろん"hydraulic"="油圧"でよい(辞書にも載っている)のだけれど、原文のこの「ハイドロ」という響きがなんとなくうれしかった。
- 懐中電灯で底を照らして見た。弾底にくぼみがあって、大きく四角な撃針で発砲された跡が見えた。周りの文字は長年ポケットに入れてあったためうすくなっているが、それでもW・R・A-9mmの字が読めた。キイ・リングをハーヴェイに渡した。
明かりのもとで見ていた。「ウィンチェスタ・リピーティング・アームズ」と解読した。「戦争中に送り込んだんだね。それにしてもなんの撃針だろう?」
「ステン・ガンだ」(P37)
カントン達にシトロエンDSを届けた運転手が持っていた、キイ・リングにつけていた使用済みの薬莢。それを使ったとされる銃がステン・ガン。SMG(サブ・マシンガン)のハシリだ。最近読んだ稲見一良のエッセイ「ガン・ロッカーのある書斎」(角川書店)で紹介されていて、そういや深プラにもステン・ガンって出てたなと思い出した。で、当時この銃のことを詳しく知らなかったので、解説を省いたことも思い出した(笑)。[1998/12/8 追加]
- タイヤは新品同様のミシュランXなので心配はない。(P61)
ミシュランXは世界初のラジアルタイヤで、DSの純正品だった。
- シトロエンのすぐ後ろにグレイのメルセデス、すぐ前に小さなグリーンのルノー4Lが駐めてあった。(P67)
メルセデスは年式、型ともに不明だが、時代設定的に1956年デビューの190あたりか。ルノー4はシトロエン2CVと並び称されるフランスの国民車(というか農民車)。メルセデスとキャトル。この取り合わせは何か理由が?
- 男が注いでいる間にジタヌを二箱買った。(P86)
ゴロワーズと並んでフランスの有名な煙草といえばジタヌ(ン)。ジタンといえば、庄野真代「飛んでイスタンブール」(♪そんなジタンの空箱〜)を思い出すのは私だけでしょうか?(笑)ちなみにジタンとは仏語でジプシーのこと。
- 私が彼のシトロエンIDのプレートと取り替えたらどうだ、と言った。(P105)
IDはDSの廉価モデルで1956年デビュー。エンジンがデチューンされ、クラッチ、ステアリングがノンパワーとなっているけれど、外観はDSと同一。もちろんハイドロも備えている。
- 今度は瓶をまわしてラベルを見せた。「ピネルだよ、どう?」(P106)
ピネル(Pinel)というワインは実在するのでしょうか?場所的にはローヌ河近辺らしい。ちなみに赤で、カントンは「魚料理で助かったよ。これでピネルを飲まなくてすむからね」(P145)と酷評。
※追加 [1998/12/18]
原文では、このピネルを "That's Cotes du Rhone wine."(oには ^ つき)と言っているので、場所はコート・デュ・ローヌということははっきりした。ローヌ河流域南部の6つの県からなる地域である。しかし、やはりピネルという名のワインは見つけれなかった。実在しないのか、あるいはよほど小さい畑なのか。
- 薄緑色のルノーが二台道を塞いでいた。(P113)
後に「スマートな小型車」(P118)とあるので、ルノー8だと思われる。
※訂正[1998/12/18]
原文には、"Two light green Renault 4Ls blocked the road."とあった。したがってルノー8ではなく、前出(P67)のと同じルノー4=キャトルである。大ハズレである。すみません。しかし「スマートな小型車」の原文が "It was a nice, light little car." であるからして、これなら私だってキャトルかなとアタリをつけれたのだけれど(言い訳)。
- 車の下をのぞいて見た。問題はそこにあった。前輪の間に、ゆっくりと間断なく紅色の油がたれてたまりができていた。(P118)
ハイドロの油圧システムの血液たるオイルは、当時はLHSと呼ばれる植物性の赤色のものであった。現在(1966年以降)はLHMという鉱物性で緑色のオイルに変わっている。
- 広場に面したカフェの表に錆びた小卓が三つおいてあった。二人で席につくと、コーヒーとパスティスを注文した。(P128)
カントンが注文したこのパスティスは、フランスはマルセイユ産のリキュール。[1998/12/18 追加]
- 黒い髪を長くのばした小柄な男であった。安っぽい灰色のダブルを着ていた。銃は米軍用のコルト.45だった。(P138)
ハーヴェイと撃ち合った男が使った。コルト.45(=M1911)はやはり殺し屋御用達か。ハーヴェイも負傷するが、.45口径で撃たれてよく無事だったものだ。
- 畑の出口のところに灰色のシトロエンのヴァン・トラックが停まっていた。両脇が波型鉄板で後尾のドアに「クロス・ピネル」と大書してあった。(P139)
ジネットのワイン醸造所の車。描写からいってHヴァン(トラック)に間違いない。
- 私は1914年のクロアゼを見つけて注ごうとしたら二、三滴しかなかった。(P155)
クロアゼ(CROIZET)は1805年の創業の老舗コニャック・ブランド。ちなみにフランスのコニャック地方で生産されたブランデーだけをコニャックといい、単なるブランデーとは別格とされる。クロアゼはその中のグラン・シャンパーニュ地区にある。
- 「パリでマーティニの本当の作り方を知っている店へ入っていくところを覚えている。...」(P178)
カクテルの代表的存在のマーティニは、レシピに対するうるさ方が多い。文中でハーヴェイも「本当はくだらないオリーブやオニオンは入れない」と言っている。似たような話がスペンサーシリーズにもあったなあ。また「いかにドライにするか」という論争も多い。ベルモットは一滴たらすだけ、いやベルモットの蓋をジンの上にかざすだけ、等があるが、極め付けは元英国首相ウィンストン・チャーチルに関する有名な逸話で、彼は棚の上のベルモットの瓶を眺めながら、ただのジンを飲んだという。
- 顔は見なかった。見たところでなんにもならない。便器の上に坐らせて上衣の前を開いた。脇の下のホルスターに小型のワルサーPPKが入っていた。(P209)
フランス警察の追っ手が持っていた。007=ジェイムズ・ボンド愛用の銃として超有名なPPK。おかげでPPKはずいぶん売れたらしい。何でもタキシードに似合うピストルという点で、PPKが選ばれたとか。そういう少し軟派なイメージが、PPKには確かにある。深プラの中でも、フェイ将軍が「たとえ紙鉄砲にひとしいようなワルサーPPKにしてもだ。」(P219)と言っているし。
- 「軍曹!クルッグの瓶を出せ。客と話があるのだ。」(P224)
1843年創業のクリュグ(KRUG)は、ただでさえ高級なシャンパンの中にあって、最上の部類のものらしい。で、カントンも「もう少しで、いい酒ですな、と言うところであった。将軍たちの時代には、人に出すものは最良のものときまっていたのだ。それをほめると、意外に良いもの、というふうにとられる。」(P225)というくらい。
- 7人乗りのリムジン・タイプのボディをつけた1930年製のロールス・ロイス・ファントムII型であった。
その時の印象はサンプロン-オリエント急行列車と戦艦の合いの子が4輪ををつけているという感じだった。 ≪中略≫ もう一つ特に目立つ特徴があった。全体が彫刻を施した銀で仕上がっているように見えた。薄暗い車庫の中でクリスマスの飾りのように光を放っていた。よく見るとアルミニウムであった。ぜんぜん塗料がぬってなく無数の円形模様が浮き出るように研磨してあるのであらゆる角度からの光を反射する。(P252)
フェイ将軍所有のこのロールスは、シトロエンDSと並び、深プラを語る上で欠かせない車。個人的には、1930年製というクラシックカーに分類されるような車はあまり興味がないため、オリジナルのファントムIIの姿を知らなかった。しかし調べてみたところ、このような物々しい車ではなくロールスらしい(私ごときがロールスを語るのもおこがましい気もするけれど)エレガントなスタイルの車であった。
さて、後年のことだけれど実は私はファントムIIの実物(それもかなりすごいカスタマイズド)を見たことがある。バブル真っ盛りの頃、大宮バイパス沿いの某中古車屋で見たそれは、もちろん全面アルミのフェイ将軍仕様には負けるけれど、インパクトは相当なものがあった。今でもそれが深プラのファントムIIとイメージがダブってしまう。これは、当時のCarマガで偶然見つけたそれの写真。ちなみに価格は億の単位だった。バブルの頃ってすごかったな。
- 車庫の中にはほかにももっとモダンなロールス、新しいメルセデス600、ジャガーのマーク10とキャデラックが1台ずつあった。その車に比べるとほかのは単なる輸送用の車輌にしか見えなかった。(P252)
フェイ将軍所有の車達。どれも脇役で語られるにはもったいない車。メルセデスは600といっても、もちろん現在のSクラスのそれではない。ジャガー・マーク10(X)は歴代ジャガーの中でも最大の部類で、そのスタイルは、有名なマークIIとXJシリーズの中間という感じ。キャディラックはモデルが特定できないけれど、当時のだとすると巨大なテールフィンのやつか?フェイ将軍に似合うと言えなくもない。
- 彼の後ろへ廻ってレインコートの下からウェブレイ.45を抜き取った。(P276)
フェイ将軍の部下、モーガンが持っていた。単に.45となっているけれど、おそらくMkVIと思われる。今では珍しい中折れ式のピストル。
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