アキュトロンとシトロエン
アキュトロンは、アメリカのブローバ社が1960年に発表した電子音叉式時計。「99.9977%の精度を保証する時計」というキャッチコピーのように(注1)、当時の機械式時計や電気式時計を大きく上回る精度をもっていた。なぜアキュトロンの精度がよいのかというと、それにはまず振り子時計を思い浮かべてほしい。振り子は一定の周期で往復運動し、これが時計の「時を刻む」機能の源となる。機械式の腕時計ではテンプと呼ばれる部品が振り子に相当し、これをゼンマイを動力源として往復運動させている。この往復運動の回数=振動数が多いほど時計の精度は向上するのだけれど、機械式の振動数には限界があって普通は毎秒1〜4回程度(注2)。ところがアキュトロンは、内蔵した音叉を電磁石の原理で反発させ、毎秒360回もの振動を発生させているのだ。このように画期的で独創的なアキュトロンの音叉方式は、これからの時計の主流となるかと思われた。しかし、やがてさらに精度にまさるクォーツ(注3)が台頭し、アキュトロンは1976年を最後に製造を中止する。現在では、アキュトロンは時計の歴史上唯一の音叉時計として(注4)、ただその名だけを残している。 いっぽうシトロエンは、ハイドロニューマチックという、やはり画期的で独創的なサスペンション・システムを今なお提供している、唯一の自動車メーカーである。ハイドロニューマチックは、"Hydro"(=水、実際はLHMと呼ばれる鉱物オイル)と "Pneu"(=空気、これも実際は窒素ガス)を使用した一種のエアサス。通常の金属バネのサスペンションにくらべ、はるかに柔らかい減衰特性を持ち、その結果得られる乗り心地は、「雲の上の乗り心地」とも称されるほど独特な、まさに一度乗ったら忘れられないというもの。さらに車の姿勢制御や、車高を変化させることもできるのも、ハイドロニューマチックだけの特長。ただし、乗り心地はあくまで好みの問題であるし、またその機構上、オイル漏れなどの避けられないトラブルもある。そういったことから、ハイドロニューマチックはあまり一般にはなじまないもののようだ。 このように、アキュトロンの音叉方式、シトロエンのハイドロニューマチック、どちらも他の時計やクルマとは全く異なったユニークなものであることがおわかりかと思う。ユニークなのは見た目についても同様で、アキュトロンの代表モデル、スペースビューは、未来的ともヘンタイ的ともいえるデザイン。これは最初のハイドロ・シトロエン、DSも全くその通り。ユニークであるがゆえに好き嫌いがハッキリわかれ、しかも好きなほうはごく少数派。いい意味でマニアック、もっとはっきりいうと物好き(笑)、それがアキュトロンとシトロエンなのだ。 さらに両者には細かいところでいろいろ共通点がある。例えば、アキュトロンの切れ間なく流れるような秒針の動き(注5)は、ハイドロニューマチックのたおやかでゆったりとした挙動に通じるものがある。また、スペースビューで透けて見える緑色の電子回路基板は、やはり緑色のLHMタンクやスフェアがおさまっているシトロエンのエンジンルームを連想させる。とまあ、これらはほとんど私のコジツケなのだけれど、それでも、かたやアキュトロンはアメリカ、そしてシトロエンはフランスと、その文化からくる違いは大西洋の広さほどもあってよいはずだと思うと、この符合は奇妙ですらある。そしてまだ極めつけの共通点がある。それは「アキュトロン」と「シトロエン」、そう、言葉のひびきまで似ている。 シトロエンBXに乗り続けてもうすぐ10年になる私が、アキュトロンのアストロノートを買ったのはまだ最近のこと。アストロノートを手に入れてからは、他の人の手首に燦然と輝くロレックスやオメガなどが目に入っても、あまりうらやましくなくなった(注6)。そういえばBXに乗っているときも、横にメルセデスが並んでもヒケ目を感じない。アキュトロンもシトロエンも、そういうヒエラルキー的価値観とは無関係なのだなあと、あらためて思う。なんて、そう思うこと自体がやっぱり俗っぽい気もするけれど(笑)、つまり私にとってそういうものなのだ、アキュトロンとシトロエンは。[2000/8/26]
| ||||||||||||||
|