Mono Guide, "Blame the Dead" / 「モノ」解説〜「死者を鞭打て」
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この作品は謎解きに重点が置かれている感じで、登場人物の魅力ある描写という点では少し弱い。主人公のカードは得意のパイロットではなく、保安コンサルタントという胡散臭さは深プラのカントンに通ずるところもあるのに、なぜだろう。カードはワルサーPP等、銃にこだわりもみせるのだけれど、カントンのそれ(モーゼルM1932)に比べるとやっぱりインパクトに欠ける。とはいうものの、登場する「モノ」達は豊富で、特に車はチョイ古めでおなじみのものがたくさん。[1998/8/6]
※文中の引用(太字)は全て、早川書房刊「死者を鞭打て」(石田善彦訳、ハヤカワミステリ文庫)より。
- 彼はすわりこんだ格好のまま大きなシトロエンの車体によりかかっていた。コートの前には血はほんの少ししかついていなかった。(P6)
いきなりシトロエンの登場!深プラの DS以来である。「大きな」というからには DSの後継車にあたる CXであろう...と思ったら、CXのデビューは1974年なので、1973年発表のこの作品ではギリギリ間に合わず。ということは、まさか SMということはないだろうから、やっぱり DSか。おそらくヘッドライトが 4灯式になった後期型の DS21あたり。
- 警官が到着する前に、おれは拳銃と革のホルスターを溝に捨てた。ホルスターはまた買えるとしても、.38口径弾丸用のワルサーPPはそう簡単に手にいれられるような代物ではなかった。(P7)
主人公ジェームズ・カードの所有の銃。私の好きなPPKのルーツたる銃だ。この.38口径は確かに珍しい(普通は 7.65mmか 9mm)。
- 彼らがフェンウィックの体を捜索し、緑色の車検証を見つければ、車がローヴァー2000であること、そしてプレート・ナンバーもわかってしまう−−だが、色まではわからない。(P10)
カードにボディガードを依頼した、海上保険業者フェンウィックの車。年式が定かでないけれど、わりと有名な 2000TCではないかと思う。コンサバティブな感じがフェンウィックに似合っているからだ。
- 彼はゴロワーズの箱をとりだし、一本くわえてからおれにすすめた。おれは首をふった。彼は悲しげにうなずいた。「おれだって好きで喫ってるわけじゃない。本数を減らすためなんだ。 ≪中略≫ 」(P42)
カードの知り合いのロンドンの新聞社員ピップが喫っていた煙草。つまり、彼は不味いといっている。
- 空は晴れわたって、青白く、冷たいブルーになり、おれのブルーのエスコートGTのフロントガラスは凍りついていた。(P51)
カードの車。エスコートは次作「裏切りの国」にもワゴンが登場する。資料がないため、どちらも詳細は不明。でもたぶん、このGTは1968年デビューの初代エスコートと思われる。1960年代後半から1970年代前半のラリー・シーンで活躍した、かのエスコートRSのベース車だ。
※追加 [2003/9/30]
現在の私の愛車、フォード・フォーカスの先祖にあたるエスコートを「資料なし」で片付けるのはどうかということで、解説を追加。
- 一台だけ見慣れない車がいたが−−この地域では珍しいことではない−−それはえび茶色のジャガーXJ6だった。(P51)
今なおジャガーのラインナップにあるXJシリーズ。これは最初期のシリーズIと思われる。XJシリーズは、アメリカで絶大な人気を博した。なんでも、これは「アメリカ人の考える英国車のイメージ」にぴったりなんだそうだ。これに比べるとロールスやアストンなんかは、かえって見た目は質素に映るらしい。
- ワルサーP38。性能のいいオートマティックだ。たしか、この前の戦争でドイツ陸軍の制式拳銃だったはずだ。もちろん、ルガーもつかわれてはいたが。おそらく、9ミリ口径だろう。(P53)
カードを脅迫する何者かが所有。「ちがった空」にも登場。本文にもある通り、1940年にドイツ軍の制式ピストルとなっている。
- それから、思いついて拳銃をとりだした−−22口径、流線型のモーゼルHScである。(P70)
カードのスペアの銃。「裏切りの国」にも登場。PPといい、このHScといい、カードは小型のピストルが好きらしい。
- おれは道の片側に車をよせ、たちまち激しくクラクションを鳴らしはじめた後ろの大型の白のヴォークスホールに向かって手をふって先に行けと合図した。(P79)
オペルの英国における現地名がヴォクスホール。とてもポピュラーなこともあり、ちょっと車種は特定できず。
- 机にすわって戦車のプラモデルをつくっていた少年があわてて立ちあがった。たぶんソ連のT-34だろう。(P86)
フェンウィックの息子、デイヴィットが作っていた。ちなみに私は戦車は全然詳しくないです。小学生の頃にタミヤのプラモデルを作ったことはあるけれど、それにしたところでドイツの(キングタイガーとか)ばかりで、ソ連の戦車なんて一つも知らなかった。調べたところでは、この T-34は第二次大戦中の最高傑作と呼ばれる中戦車らしい。
- 手にいれた拳銃は理想的なものとはいえなかったが、役には立ちそうだった。長さは4インチで、昔のレミントン・デリンジャーのイタリアの工場によるコピーだった。(P120)
カードが用意した銃。デリンジャーとは、またユニークな選択だ。デリンジャーといっても現在は様々なメーカーから色々なモデルが出ているけれど、オリジナルのレミントンのそれは装弾数2発、トリガーガードもなしというシンプルさ。その分携帯性はこの上なし。
- パークウェイにつく前に、おれは後続の車のライトに眼をとめ、これを怪しんだ。濃いグリーンのモーリス1300だが、たっぷりスペースがあるのにおれの横にはいろうとしない。(P124)
カードを尾行していた車。「裏切りの国」にモーリス1100が登場したけれど、この1300はそれの排気量アップモデル。
- 空は青く明るかったが、ケント州の畑にはまだ雪が残り、農民たちは家のなかに閉じこもったまま収穫したホップが凍りついてしまったことを歎いていたし、彼らは政府が補助金を増やさなければロールス・ロイスを売りはらわざるをえない瀬戸際まで追いこまれていた。(P131)
本文とは全く関係ないのだが、ライアル作品には常々登場するロールスも、ついに外国資本に買収されてしまった。BMWかVWかでもめ、結局はロールスの商標はBMWが、生産権はVWが手にした(つまりどういうことなのだ?)。日本人の私がいうのも何だけれど、いかがなものかと思う。BMWはボンド・カーにもなったりと、英国の文化を侵害しているようで、、、。
- 彼が車(バス)と呼んだのは、長い黒と銀のしまのはいった戦前型のメルセデスで、ボンネット、排気パイプ、ふたつの警笛、それに小型の運転席のようなもの、そういたものすべてが、まるであとになってから思いついたというように後部にとりつけられていた。おれの年齢と同じぐらいの古い代物だったが、外見は格段上である。こんなに美しい車は見たことがなかった。(P142)
ロイズのメンバーであり貴族のウイリー・ウィンスローの車。文中のプロファイルから察するに、戦前のメルセデスでは最もエレガントといわれる 500K、あるいはその排気量アップ版の 540Kか。どちらにしても一般庶民には所有できない、すごい車。
- おれはティーチャーズのボトルをつきだした。「勤務中に飲んだら、警視になにかいわれるかな?」(P201)
ノルウェーのヴィク警部にカードがすすめたスコッチ・ウィスキー。ティーチャーズといっても学校の先生とは関係ない。創始者がウィリアム・ティーチャーという人なのだ。
- おれは、くたびれたオンボロのフォルクスワーゲンのそばに立っていた−−リア・ウィンドウがふたつついている旧式のもので、まるで衝突事故にあったとでもいうように、あちこちにへこみができていた。(P268)
女子学生カリ・スカゲンの車。VWタイプ1=ビートルの最初期型、いわゆるスプリット・ウィンドウ・モデル。1953年式までがこれで、その後1957年式までがオーバル(楕円)・ウィンドウ、そして最後はスクウェア・ウィンドウという変遷である。
- ウィリーは時間きっちりにあらわれた。おれはミニ・クーパーの前部座席にもぐりこんだ−−彼のように長身で金持ちの男が、2台目、あるいは3台目(ひょっとしたら、9台目かもしれないが)としても、なぜこんな車をえらんだのだろう。おれには理解できなかった。(P280)
ウイリーの車。およそ40年も前に誕生し今なお現役という尊敬に値する車、ミニのホット・バージョン。ミニがこれだけの長寿を保っている大きな理由の一つは、日本での根強い人気があげられる。事実、日本は世界中で最もミニが売れている国だ。そんなミニも21世紀にはフルモデル・チェンジするらしく、少し残念なような複雑な気持ち。
- 「スコッチでいいな?きみは、ウィリー?」
「ああ−−よければ、ピンク・ジンをもらいたい」 「なんてこった」モックビーはじれったそうにいった。(P298)
派手好みのウィリーらしいと思ったけれど、実はピンク・ジンは名前とは裏腹にドライなカクテルだ。
- 今そこに、みすぼらしい、古ぼけたモーリス・マイナーが停まっていた−−フロントガラスがV字型になった旧式のモーリスが−−玄関の上の砂利の上に。(P311)
フェンウィック家の家政婦ミセス・ベンスンの車(と思われる)。私は知らなかったのだけれど、この車のファンはいまだにけっこう多いらしい。つまり決してマイナーではないということだ。
- 彼女はいった。「もう1台がわたしの車です。"リトル・トロツキー"と呼んでいます」
もう1台は赤のモーガン・プラス4、考えぬかれたオールドファッションな曲線できた、最後のハンドメイドの小型スポーツカーだった。斜めになったドア、ステップ、そしてスペア用の車輪は外についている。(P319)
フェンウィックの妻、ロイスの車。今なお作られているクラッシック・スポーツカー。NAVI誌の長期試乗車(モデルは4/4だけれど)にもなり、スズキ編集長が通勤に使っていた。かのテリー伊藤もプラス8をバブル時にオーダーし、4年も経ってから「やっと届きます」とディーラーからいわれたものの、すでにお金に余裕はなく非常にあせったらしい。ちなみにトロツキーはロシアの革命家の名前。ロイスがモーガンに乗っているというのは、つまりそういうこと。
- 青いトライアンフ1500がヘイヴァーストック・ヒルの方角から姿をあらわし、ゆっくりとおれのフラットのあるブロックに近づいてきた。(P366)
カードへの刺客達の車。1500といってもスピットファイアではないし、すみません、よくわかりません。たぶんこんなのだと思うんですけれど。しかし、本作はイギリスの普通の車のオンパレードで、知らないのばかりでまいった。
- 薄いグリーンのヴォルヴォ145ステーション・ワゴンが邸の前に駐まっていた。(P392)
ADP汽船の経営者ミセス・スミス・バングの邸にあった車。さすが北欧ノルウェー、ボルボの登場である。
- 砂利道のドライブウェイには、救急車用に塗装したフォルクスワーゲンのマイクロバスが、家の横にはサーブ99が駐められていた。(P409)
事故にあった船スカディ号の機関長ニーガーが収容されているサナトリウムにあった車。前述のボルボ同様、北欧の車といえばサーブ。というか、ボルボとサーブしかないのだけれど。VWタイプ2は「裏切りの国」にも登場。
- ドライブウェイには別の車が駐まっていた−−ぼろぼろの古いフォード・コルチナで、若い運転手がボンネットによりかかって空を見上げて煙草をふかしていた。(P415)
前述のサナトリウムに呼んだタクシー。元祖「羊の皮をかぶった狼」ロータス・コルティナの兄弟車(というかベース車)。詳細スペックは不明だけれど、当時のポスターを見つけたので参考までに。
※追加 [2003/9/30]
本作品が発表された1972年にはすでにコルティナは2代目がデビューしていたけれど、「ぼろぼろの古い」ということなので、初代コルティナの解説を追加。
- 性能がよく、目立たないフォルクスワーゲンを借りてくれとウィリーに頼んだが、これは彼には無理な注文だった。例のけばけばしく飾りたてたミニを考えてみればわかることだった。その車はファーストバック型のフォルクスワーゲン1600で、鮮やかなオレンジ色はほかのノルウェーの淡い色調のなかではひどく目立った。(P454)
えーと、本作だけで、VWのタイプ1、2、3が揃い踏み。このファストバックのタイプ3、実車を見たことがあるが、(ノッチバックに比べると)珍しいなあと思ったものだ。
- おれはオートマティックをもちあげ−−コルト・コマンダーで、旧式のアーミー・モデル.45口径より軽く、銃身の短い改良型だった−−右耳の横に狙いをつけた。(P513)
数あるコルト.45のバリエーションの中で、そのコンパクトさが売りの銃。
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