Mono Guide, "Judas Country" / 「モノ」解説〜「裏切りの国」
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この「裏切りの国」は、「本番台本」以来の久しぶりにパイロットが主人公。しかも相棒と宝探しをするというストーリーは、デビュー作「ちがった空」を彷彿とさせる(相棒の名前がケンというところまで同じ)。しかし期待に反して読後感はイマイチで、虚しさが残る。もともとライアルの描く男たちは「己のルールにこだわるがゆえに虚しさを伴う」というケースが多いとはいえ、本作は少しそれが哀しすぎるかなと。もっと救いのあるラストになって欲しかった。ただし「モノ」的には、色々たくさん(過去最高の32アイテム)登場。しかし、どれもコダワリ度は少なく(特に車)、やっぱりちょっとさびしい。[1998/6/8]
※文中の引用(太字)は全て、早川書房刊「裏切りの国」(石田善彦訳、ハヤカワミステリ文庫)より。
- われわれはキャッスル・ホテル・インタナショナル社の管財人となった。至急ニコシア・キャッスルの経営を引継ぎ、ベイルートへ向かう同社所有のビーチ・クィーン・エア機を足留めせよ。銀行は各支店に個別に指示をあたえた。(P8)
主人公のパイロット、ロイ・ケイスの機。ただし例によって彼の所有ではない。上記よりわかるように所有はキャッスル社であり、倒産してしまうのだけれど(上記はその通知文書の内容)、そのあおりをくってロイはキャッスル・ホテルの客の食事を作らされるハメになる。パイロットがそこまでするのはどうかと思わされるけれど、そこはライアルの描くパイロット、後半にロイが嵐の中をあえてフライトするシーンがあり、さすがの腕前を見せてくれる。その嵐で巨大に成長した雲にロイが対峙するくだりを少し紹介。
パイロットにとって、これは永遠の都市なのだ。その城壁はエベレストより高く、エルサレムより古いが、その存在は流動的で、一日のうちに生まれ、そして消えていく。一日バーで待機していればいい−−だが、いつか避けられぬ日がやってくる。おれとその壁とどうしてもそれを突破しなければならない理由がそろった日が。
なお、このクィーンエアは、ライカミング380エンジン搭載の65-80型と、文中で後に明らかにされている。
- 彼の車は新しいエスコートのステーション・ワゴンで、彼は損益勘定口座のように慎重に運転した。(P9)
管財人、ルーキス・カポタスの車。エスコートは現在もヨーロッパのベストセラー。ただ、当時(1975年)の最新型となると、どうにもピンとこない。
※追加 [2003/9/30]
前作「死者を鞭打て」にも登場したエスコート。前作が初代モデルに対して、これは1975年にデビューしたばかりの2代目、エスコートMk.IIと思われる。しかしそのステーション・ワゴンについては、ネット検索ではちょっと見つからなかった。かろうじて、フルゴネット・モデルの当時のカタログ画像を発見したので、ご参考まで。
- 「半分だけさ。ただの12ケース。144本だ。だが、いい品物だ。クルーガー・ロイヤル66年だ」(P10)
ロイがクィーン・エアで運んでいた品。シャンパンなのだけれど、クルーガーという銘柄はちょっとわからない。文中、ドンペリより高級と後述しているので、クリュグ(KRUG)のことかも。自信なし。
【名称】 | ブラッディ・メリー |
【分類】 | 酒(カクテル) |
- おれは彼に診断をあたえた。「ウィスキーを一杯やれば頭がはっきりするぜ。あるいは、ブラッディ・メリーを」(P33)
ロイが、相棒ケン・キャヴィットに勧めたカクテル。トマト・ジュースとウォッカで作るこれは、たしかに多少は体によさそうだ。ちなみにブラッディ・メ(ア)リーとは、16世紀イギリスの女王メアリー1世のあだ名。カソリックの彼女は、多くのプロテスタント達を処刑したために、こう呼ばれた。
- そばにひとりだけ立って飛行機の離陸するところを見送っていた男が、白いモーリス1100に乗りこんだ。(P48)
ベイト・オレン(イスラエル)の刑務所から出所したばかりのケンと、ロイを尾行した車。いわゆるADO16で、このモーリスはシリーズ中最初のモデル。ちなみに私は、ADO16では元祖「小さな高級車」のヴァンデン・プラ・プリンセスくらいしか知らない。
- 旧型のオースチンA60の後部座席に乗りこんで市街に向かう途中、ケンが不意にこう話しかけてきた。「リンダのやつはどうしてる?」(P48)
上記のモーリスが尾行した、ケンと、ロイが乗ったタクシー。オースチンもモーリスと同じBMCグループ。オースチンにしてもモーリスにしても、ここらへんの車は趣味性が少ないせいか(ミニは除く)、詳しいことはほとんど知らない。かろうじてミニカーの画像のみ見つけましたので、参考までに。
- 「フランス製じゃない。アメリカ製だな。M3だ。通称"グリース・ガン"。ちょっと似ているだろう」(P59)
シャンパンだと思っていた積荷が実はこれだったという、サブマシンガン。正確に言うとM3A1、と文中で後述。
- 「もう冷えているはずだが、クルーガー・ロイヤルというわけにはいかなかった。ドム・ペリニョン66だった。いい品物かね?」(P61)
ブルーノ・スポール教授のために用意したシャンパン。ドム・ペリニョンというのは、17世紀後半にシャンパンを発明したとされる(本当は違うみたい)僧侶の名前。モエ・エ・シャンドン社の代表銘柄で、おそらく最も有名なシャンパンだろう。ちなみに、これもクルーガーも66年物が選ばれているのは、ヴィンテージ・イヤーだったのか。私の生まれた年なんですけれど(笑)。
- ボーイが近づいてきて、テーブルの上の小さな蝋燭台に火をともし、ダブルのスコッチふたつとケオ・ビールを2本というおれたちの注文にうなずいた。(P83)
<アトランティス>という名のキプロスの酒場で、ロイとケンが注文したビール。このケオ(Keo)は、キプロスの民族資本により造られる、当地ではポピュラーなビールらしい。
- 実際、おれたちの身につけているもので唯一高価なものといえば腕時計だけだった。ケンはローレックスで、おれはブライトリングだ。この商売では道具だけはケチれない。(P93)
ついに、ライアル作品に時計ネタが登場。時計好きの自分としてはちょっとうれしい。パイロットの彼等が使うということで、クロノグラフに間違いない。となるとロレックスはデイトナ、ブライトリングはナビタイマーあたりか。ロイが「唯一高価」というだけあり、どちらも超一級品だ。クルマでいうならロレックスはメルセデス、ブライトリングはフェラーリというところだろうか。
- 「スミス・ボディガードならそんなことはない。ちゃんと撃鉄に用心鉄がついている。たぶん、5発全部発射できるはずだ」(P98)
ケンをつけ狙うイスラエル人、ベン・イヴェールにロイが脅しをかけたセリフ。もちろんハッタリ。ちなみにモデルはM49で、S&WのJフレーム(M36と同じ)をベースに、ハンマーが隠れるようにしたもの。これで思い出したけれど、マイアミ・バイスのタブスはこれを使ってたような。M36ではなかったですね。
- クィーン・エアの内部は高さも幅もちょうどフォルクスワーゲンのマイクロバスと同じ程度だが、標準仕様とはかなりちがっていた。(P169)
マイクロバスということは、デリバンことVWタイプ2であろう。
- 周回中のパイパー・コルト、それに地上走行中のオリンピック727のために、もうすぐかなりの数の車があふれるだろう。荷物を積みこみ中のトライデントがいるが、これはおれたちが離陸するまで動くことはないだろう。(P171)
キプロスの空港でのワンシーン。727やトライデント等、すでにジェット旅客機が主流となっていたようだ。ちなみにオリンピック727とは、オリンピック航空のボーイング727のことですね。余談だけれど、私は子供の頃から727が好きで、全日空仕様のプラモデルも持っていた。そして新婚旅行のときに、初めて727に乗る機会(ニューヨーク〜ボストンのシャトル便)を得たのだけれど、ちょっと感動であった。
- 5時半には、おれたちは猛スピードでつっ走るフォード・ギャラクシーのタクシーでカルデ通りをくだっていた。(P180)
ベイルートのタクシー。今、ギャラクシーといえばミニバンなんだけれど、当時は(タクシーで使われるくらいだから)普通のセダンだったのか。よくわからないです。すみません。
- 「ブリトン・ノーマン・アイランダーのようなものを考えている。中古なら、3万ポンド程度で買えるはずだ。」(P182)
ケンに「もしおれたちがもう一度金を貯めたらどんな機種がいいと思う?」と訊かれて、ロイが答えた機。それに対しケンは「4トン積みのDC-3が1万ポンドぐらいで買えるはずだぜ」という。しかしロイは「あいつは燃料を食いすぎる」と一蹴する。確かにこのアイランダーは低コストで定評がある。ロイはリアリストなのだ。
- ケンが呟いた。「コンバット・マグナム.357口径だ」(P203)
ベイルートの有力者、ピエール・アジズのボディガードのピエトロが使う。「本番台本」でネッドが持っていたのと同じ、S&W M19である。
- こいつの武器のえらび方はピエトロより少しばかり控え目だった。彼の持っていたのは銃身6インチのコルト・ポリス.38で、おれとして話しあいが険悪になった場合のための拳銃としてははるかにつかいやすいものだった。(P212)
アジズのもう一人のボディガードが使う。おそらくコルト・ポリス・ポジティブのこと。映画「アンタッチャブル」の有名なラストシーンで、アンディ・ガルシアも使っていた。
- 大きなメタリック・グレイのメルセデスで丘陵からの下りの道を降りるのは、登りよりずっと簡単だった。(P218)
アジズの所有車。やっぱり出たか、メルセデス(笑)。えーと、時代的にいって、縦目のSクラス、4.5リットルV8エンジンの280SE4.5あたりか。見た目は「本番台本」にも出た250Sとさほど変わらないため、解説は省略。
- 驚いたことに、つぎの箱にはフランス製軽機関銃2丁とリヴォルヴァーが9丁はいっていた。 ≪中略≫ 当然のことながら、リヴォルヴァーはすべて同じ型ではなかった。コルト、スミス&ウェッスン、ルガー1丁、それにJ.P.ザウアーが2丁。これに、コルト、ワルサー、スイスのSIG、ベレッタ、ブローニング、MABなどのオートマティックがくわわれば、ダラスのクリスマスで全員がプレゼントを開けたような状態になるだろう。(P266)
なんだかスゴイ数の銃で、いちいち解説をつけるのが面倒(笑)なため、SIGだけをピックアップ。おそらく名銃P210だと思われる。あと、あまり聞き慣れないMABというのはフランスのメーカー。
- だが、彼の捨てた拳銃は見つかった。装填ずみのモーゼルHSCで、これから見ても、彼は本気で撃つつもりだったのはたしかだった。
(P281)
怪しいブローカー、ウスマン・ジェハンジールが持っていた。HScは(私の好きな)ワルサーPPKと同等サイズのコンパクトなオートマチック・ピストル。デザイン的にも好きなのだけれど、グリップが握りづらいなどの理由で、それほど成功したピストルとは言えないようだ。
- −そのとき、駐まっている1台の車のライトが眼についた。おれは本能的にブレーキを踏んだ。おれたちの車のヘッドライトが明るいブルーのフォルクスワーゲンを照らしだした。(P299)
キャッスル・ホテルのポーター、パパディミトリオウの所有車。デビューしたてのVWゴルフと思われる。...いや、パパディミトリオウに新車を買う甲斐性はないだろうから(笑)、くたびれたビートル=タイプ1が妥当なところか。そういえば、アメリカではゴルフ・ベースのニュービートルが発売されましたね。どう評価されるか楽しみなところ。
- ラザロスの車−小型のブルーのマツダだった−はドライブウェイの入口で停止したが、すぐにキレニアの方角に向かって走り出した。(P310)
ニコシア警察のラザロス警部が乗っていた。小型ということで、おそらく323ことファミリアだろう。時代的には3代目ファミリアがデビューしたばかりだけれど、ラザロスが乗っているのだから無難に2代目あたりか。ちなみに古いファミリアといえば、私はどうしても初代FFファミリア(通算5代目)をイメージしてしまう。なぜって、私の世代でファミリアといえばこれ、いわゆるXGだからだ。実際、友人の半分くらいは、高校を卒業するとXGの中古を買っていたものだ。
- ケンがいった。「ブローニング9ミリ口径、ダブル・アクションか。こんなものを発射したら困ったことになるぜ」(P319)
ラザロスの銃。傑作ハイパワーに、後に追加されたダブル・アクション・モデルだ。
- 旅客機が2機停まっていたが、周囲に人影はなかった。パイパー・ナヴァホ−プロペラが反対側に回転するしくみになっている−がプロペラの音を響かせながら進入路にはいってきた。(P331)
キプロスの空港でのシーン。前述のコルトに続き、またパイパー。といってもこちらはコルトよりずいぶん大きい。ちなみにナヴァホとは、アメリカ・インディアンの部族の名前。
- おれにとって、優秀な技術にもとづいてつくられた飛行機は金以上のものを意味する。本質的にいって、049型コニーの1号機より美しい剣なんて考えられない。(P345)
ロイが、本作の宝捜しのターゲット=獅子王リチャードの剣について、語っているところ。やはりパイロット的意見だ。ちなみにコニーとは、ロッキード・コンステレーションの愛称。確かにとても美しい機体。
【名称】 | スミス&ウェッソン ビクトリー.38 |
【分類】 | 銃 |
- ジェハンジールのもっていた消音装置つきの拳銃は、消音装置用の施条がついたごく少ないモデルのひとつ、旧式のスミス&ウェッスン・"ビクトリー".38だった。(P346)
ジェハンジールの銃。骨董品のような銃らしいだろうけれど、さすが怪しいブローカーだけのことはある(笑)。ちなみに詳細不明、すみません。
- 6時には、シャワーを浴び、濡れた2枚のシャツを干し、汚れたシャツを着て1階の食堂にマッキャビー・ビールを前にしてすわっていた。(P347)
イスラエルのホテル、<アヴィア>でロイが飲んでいたビール。マッキャビー(Maccabee)は、イスラエルのテンポ・ビア社の代表銘柄。前出のキプロスのケオ・ビールといい、ご当地のビールをさりげなく出すところは、さすが。
- 彼はテーブルの下に手をのばし、ジョニー・ウォーカーの黒ラベルをとりだした。「のむでしょう?」(P402)
イスラエルの骨董商モハメッド・ガデュラが、ロイとケンに勧めたスコッチ・ウィスキー。いわゆるジョニ黒は、今でこそポピュラーだけれど当時はかなりの高級品だったと思われる。情勢不安なイスラエルでスコッチ(それも12年物)とは、このガデュラというのは相当俗っぽい奴である。
- ひとりの兵士が背後の小路に駈けこんできて、ウージを構えた。(P413)
誰が持っていたかはネタばれになるので内緒。それはさておき、やはりイスラエルといえばウージー。サブマシンガンの類はあまり興味の無い私も、このウージーとイングラムぐらいは知っている。
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