Mono Guide, "The Secret Servant" / 「モノ」解説〜「影の護衛」
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マクシム少佐シリーズ第一弾の「影の護衛」。文体が今までの第一人称表記から第三人称表記に変わるなど、私も最初はとまどったけれど、改めて読んでみて思うのは、これは非常に完成度の高い作品だと。「モノ」の使い方は、ポリティカル・スリラーという性格のためか、モノをあまり前面に出さないさりげなさを感じる一方、やはり通なライアルらしさに溢れている。[1998/12/8]
※文中の引用(太字)は全て、早川書房刊「影の護衛」(菊池光訳、ハヤカワミステリ文庫)より。
- 箱のような小型機スカイヴァンが砂漠の白熱した空をゆっくりと昇ってゆくのを見守っていると、とつぜん、身震いをするように機体が震えた。(P7)
主人公ハリイ・マクシムの亡き妻、ジェニファーが乗っていた機の冒頭の墜落シーン。スカイヴァンについては、後にマクシムが息子クリスに説明しているけれど、
「ショート・スカイヴァンだ。真っ四角、双発、尾翼が二枚、高翼、固定着陸装置...知ってるだろう?」(P168)
というように、けっしてスタイリッシュとは言えないデザインの、イギリスの輸送/旅客機。
- マクシムがクルッと背を向けてランド・ローヴァーの方へ歩き始めた。(P8)
このランド・ローヴァーは軍用と思われるけれど、ここでは「4駆のロールス・ロイス」ことレインジ・ローヴァーを紹介。英国流の趣味のよさと、非常にタフな性能を兼ね備えた希有な存在のオフロード・カーだ。
- パーディ製の十二番径の一挺を棚から下ろした。(P9)
パーディといえば「もっとも危険なゲーム」のホーマーも愛用していたライフル。いまだに私はこの銃について詳しいことは知らないのだけれど、本文に「今ではパーディの客は、アラブ人か不動産投機家に限られているのにちがいない。」(P9)とあるので、カスタムメイドの、かなりの高級品なのだろう。ちなみに本作では、高級官僚の自殺用に使われる。なんともはや。
- ばねつきのホルスターから拳銃を抜き出した。見たことのないアメリカ製で、ありふれた.38口径だが、3インチの銃身がついているのに驚くほど軽かった。(P59)
マクシムの所有する拳銃。この時点ではメーカー等、具体的なことはわからず、とっさに思いつくのはやはりS&W M36。しかし、後にマクシムの台詞で明らかになる。
「軽量のチャーター・アームズ製回転拳銃、.38口径5発」(P357)
どちらかといえばマイナーな安物の銃であり、意外だ。なお具体的モデルは特定できず、私はブルドッグかなと思っていたら(これしか知らない)、「冒険・スパイ小説ハンドブック」(ハヤカワ文庫)の青井邦夫氏の解説によれば、これはアンダーカバーというモデルとのこと。写真を見た限りではフレーム形状等はブルドッグとほぼ同じだったので、解説はこれにした。
- 迫撃砲が腹に響く金属音を発して射撃を開始し、1500メートル先の土中に半ば埋まるように傾いているおんぼろのセンチュリオン戦車のまわりに青やオレンジの煙が上がった。(P62)
イギリス陸軍の実験射撃の的にされた戦車。かろうじてイギリス製ということは知っているが、その他詳しいことは不明。
- しかし、「ドランビュイ、最後の一杯どうですか、先生?」ブロックが提案し、みんながバアでリキュールを一杯飲んだ。(P71)
軍事理論家の大物、ジョン・ホワイト・タイラーへの接待の場面。このドランビュイ(DRAMBUIE)は、ハイランド・モルトをベースに何十種類ものスコッチ、ハーブ、蜂蜜等から造られるリキュールの逸品。もともとはスコットランドのスチュアート王家の秘伝の酒であったが、王位継承戦に敗れたスチュアート一族が、逃避行中に助けられた豪族マッキノン家へ報礼として製法を伝え、その後市販に至ったという逸話がある。古谷三敏の漫画「レモンハート」に、会社を辞める上司が、一人だけの送別会を催してくれた部下にこの酒を贈るという、泣かせる話があったっけ。ちなみに「ドランビュイ」とは「満足すべきもの」という意味。
- マクシムはまだ拳銃を握っていた。チラッと銃を見た。西ドイツの警察が使っているヘックラー・アンド・コックであった。(P115)
チェコからの亡命者を護送中に、マクシムが襲撃者から奪った拳銃。これは H&K が西ドイツ警察の要請により PSP(ポリッツァイ・セルブストラーデ・ピストル=警察用自動拳銃)の名で開発し、後に市販された P7 であろう。いかにもドイツ的でシャープなデザインが私好みの銃だ。
【名称】 | ダッジ(?)・アヴェンジャー |
【分類】 | 自動車 |
- 借りたアヴェンジャーにはラジオがついていないので、彼が途中で店に立ち寄って安いトランジスタ・ラジオを買った。(P121)
亡命者との逃走中に、マクシムが借りたレンタカー。現在、アヴェンジャーといえばダッジだけれど、当時(1980年)のイギリスに同車種があったかどうかは不明。もしかすると別のメーカーのかも。
- 「彼は、もって行けるものに金をかけた」マクシムが断定した。「家にはかけていない。どんな車をもっていたのだ?」
「5年前のルノー12。彼女は8年前のミニ。あなたの言うとおりだわ。彼は前まえからいずれはモスクワに帰るつもりでいたのよ」(P179)
MI5の裏切り者と、その妻の所有車。いちおうフランス車好きな私ですけれど、ルノー12については何も知らなかった。一方のミニは、いまさら説明不要ですね(解説は「死者を鞭打て」に登場した、ミニ・クーパーのもの)。
- そのうちに、北面にわずかに雪をふりかけたような西方の山々の女性的な柔らかい姿がチラッと見えたかと思うと、ボーイング737が水のたまったシャノン空港の滑走路に着陸した。(P210)
マクシムがアイルランドへ行く際に乗った旅客機。この737は、ローカル線等で今なお活躍中の傑作旅客機。
- しかし、新車に近い銀灰色のBMWサルーンが裏庭においてあるし、表からは見えない家の一部が再建されてスレートの屋根、曇りガラスの二重窓その他がついている。(P212)
首相補佐官のジョージ・ハービンガー(ホワイトホールにおけるマクシムのボスである)の旧友、ラッフォードの所有車。ライアル作品にはメルセデスは多く登場するけれど、ドイツ車のもう一方の雄、BMWは意外にもこれが初めてだ。BMWは元々は航空機メーカーであり、元パイロットのライアルの好みであってもおかしくはないのだけれど。なお本作のこれは、初代 7シリーズの 728あたりか。ところで私は、BMWは「ベーエムベー」と呼ぶ。一般的には「ビーエムダブリュー」だろうけれど、どうも馴染まない(「ビーエム」と略すのはもってのほかだ。ついでにメルセデスを「ベンツ」と呼ぶのも嫌い)。これは思うに、スーパーカー・ブーム世代だからなのだろう。当時はみんな「ベーエムベー」と呼んでいた。そして「サーキットの狼」のピーターソンが乗っていた3.0CSあたりが、頭をちらつくのである(笑)。
- 「そう願っているのです。かなり前にミセズ・メリイ・ジャッカマンと話をしている時に、この次フランスへ行ったら、彼女のシトロエンGSのフォッグ・ランプを二つ買ってきてくれ、と頼まれたのです、それで、買ってきたのですが...」(P215)
マクシムが探していたミセズ・ジャッカマンの所有車。上記は彼女の居場所を突き止めるために、マクシムがシトロエンの代理店に電話した嘘の会話。さて、シトロエンGSは私の大好きなクルマ。ライアルとシトロエンといえば、思い出すのはもちろん「深夜プラス1」のDSだけれど、このGSはコンパクトなボディながら、DS同様あのハイドロニューマチック・サスペンションを備えた、コスト度外視、機能優先、技術者の夢、の独善的ともいえる素晴らしいクルマ。デザインも、特にインテリアはまさにアヴァンギャルドと呼ぶにふさわしい。私の愛車BXの直系のご先祖様でもあり、とにかく大好き。
- 部屋の隅から彼女が言った。「わたし、ジェイムスンを少々頂くわ...あなたもどう?」(P227)
ミセズ・ジャッカマンがマクシムにすすめた。このジェイムスン(JAMESON)は、アイリッシュ・ウイスキーのベストセラー。余談だけれど、私はウイスキーではアイリッシュがちょっと好み。特にタラモア・デューあたりの軽いのが。安い上に口当たりがいいと思うのです。
- マクシムとアグネスはシトロエン・ドゥ-シュヴォーを借りて、何度か失敗したあげく、入り組んだ新しい海岸高速道路から下りて市の後方の山道を上り始めた。(P261)
マクシムと、MI5のアグネス・アルガーがフランスはニースで借りたレンタカー。GSに続いてまたもやシトロエンの、しかも 2CV。「みにくいアヒルの子」「偉大なる農民車」「2馬力」などの愛称を持ち、今なお多くの人々を魅了するこの唯我独尊のクルマを、私もシトロエン・ファンのはしくれとして一度は所有してみたいものだ。
- 谷に下っている雑草の斜面の縁にシトロエン・サファリが無造作に停めてある。マクシムがその横にドゥ-シュヴォーを駐車した。(P262)
上記 2CV登場のすぐ後のシーン。サファリと聞いて、一瞬 2CVサハラとか、メアリとかと勘違いしてしまったけれど、ええと、サファリというのは英国でいうブレーク・モデルのことだから、これは DS23サファリあたりか。「死者を鞭打て」の冒頭に登場したシトロエンも DSのようだし、ライアルは DSを結構たくさん使う。
- 最初のはCR42型機一機だけであった。旧式な複葉戦闘機で、イタリア軍がアフリカでなんとか使っている最後のタイプであった。(P283)
フランス軍将校ド・カレットの、1942年の作戦の回想シーン。当時大尉であったタイラーとの共同作戦であった。さて、この複葉機はフィアットCR42である。すでにクローズド・コクピットの単葉機が全盛だっただけに、めずらしい。
- 「きましたよ」ヨーキイが言った。ド・カレットが肩越しに後ろを見ながら速度を落とした。翼がはね上がったようなユンカース87が二機、道の真上を飛んできて、彼が見ていると、エンジンの回転を上げて上昇し始めた。(P289)
やはりド・カレットの回想から。Ju87は、スツーカの名で有名な第2次大戦時のドイツの急降下爆撃機。海洋冒険小説の金字塔、アリステア・マクリーンの「女王陛下のユリシーズ号」でも、スツーカはユリシーズ号をこれでもかとイジメてくれておりました。そのせいか、この機は私には悪役のイメージが大きい。
- タイラーが後部のエンジン・カバーを持ち上げた。フォルクスワーゲンの軍用オープン車で、正確にはキューベルヴァーゲンである。(P300)
これも回想シーンより。どうでもいいことだけれど、キューベルヴァーゲンなのか、キューベルワーゲンなのか。スペルは "Kubelwagen" なので、私はワーゲンで統一(だって "Volkswagen" はフォルクスワーゲンだし)してみました。
- ジョージは、一瞬ためらうと、暖炉の側の隅にある中央の突き出た飾り棚の方へ行って、ザ・フェイマス・グラウスを一瓶、タンブラー一つとマーヴァン鉱泉水を一本取り出した。(P329)
ジョージの自宅でのワンシーン。ザ・フェイマス・グラウスは、1800年創業の老舗マシュー・グローグ & サン社によるスコッチ・ウィスキー。名門出のジョージの趣味となりがあらわれている。ちなみにグラウスとは雷鳥のこと。
- それを合図のように、アグネスがブルーの大型のヴォクスホールを表のドアの前で停めた。(P338)
「死者を鞭打て」の解説でも述べたように、オペルの英国における現地名がヴォクスホール。車種はちょっと不明。
- 小型のドミニイ双発ジェットが西風の中で軽い唸りを発して揺れていた。(P344)
タイラーとマクシム等がルクセンブルクに行く際に乗った飛行機。このドミニイについては詳しいことは知らないけれど、ホーカー・シドレー製のようだ。ちなみにライアル作品にはビーバーやダヴでおなじみの、デ・ハビランドにも同名の機(D.H.89)があるが、そちらは第2次大戦前の複葉機。
- 彼が建物の前の小さな人だかりに達すると、すでに会議は解散していて、早くもフランス代表団が黒いシトロエンに乗り込んでいるところだった。(P370)
ルクセンブルクで開かれた秘密会議の、フランス代表団の車。お偉方が乗るのだから、これは当時(1980年)のフラッグシップ、CXに違いない。それもロング・ホイールベース版のプレステージュか、あるいはリムジーネあたりと思われる。ちなみにイギリス代表団の車はメルセデスであった。なぜロールスとかベントレーじゃないんだろう。愛国心の差か?(笑)
しかし本作はシトロエンのオンパレードだった。うれしい限り。
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