Mono Guide, "The Crocus List" / 「モノ」解説〜「クロッカスの反乱」
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ベルリンの壁が崩壊したのが1989年。本作はその少し前の1985年という、まだ東西冷戦中の作品である。マクシム少佐シリーズも3作目ということでおなじみとなった登場人物=マクシムとアグネス、そしてジョージまでもが直接現場で行動するシーンが多く、ひじょうにテンポのよいストーリーで、シリーズ中もっとも多いページ数ながら一気に読みきれる傑作だ。ただし「モノ」的には、特筆すべきものはあまりなく残念。[2004/1/30]
※文中の引用(太字)は全て、早川書房刊「クロッカスの反乱」(菊池光訳、ハヤカワミステリ文庫)より。
- 彼らはAK-47、AKM、M16といったライフル、最新式AK-74という1挺しかない貴重な見本から、PKM、M60機関銃などの分解、組立て、そして射撃を行うと、最後に近距離射撃場に移って、M3A1軽機関銃とマカロフを含む数々の拳銃の操作、射撃訓練を行った。(P27)
マクシムを含む19名の将校が匿名で参加した、ある軍事訓練のときに使用した銃の数々。国別に分けると、AK-47、AKM、AK-74、PKM、マカロフはロシア製。M16、M60、M3A1はアメリカ製。M3A1=グリースガンについては、以前に「裏切りの国」で解説済。あとは、数が多いので省略。すみません(笑)。
- ホワイト・ハウスの先遣隊が、靴ずれを起こしたバッタのように大使館駐車場に下りてきた。DやXナンバーの黒いグラナダが、セント・ジェイムズ宮殿の広場を埋めているのを見ると、ジョージ・ハービンガーが、今日、大使自身がどこかへ行くのであれば、車がないのでジョッギングで行くにちがいない、とフェレビイに言った。(P37)
DやXナンバーというのは外交官ナンバーのことだろうか?ちなみにフォード・グラナダはアメリカとイギリス(ヨーロッパ)で、それぞれ違ったモデルがある。ホワイト・ハウスの先遣隊ということでアメリカのかもしれないが、やはりここはイギリスのモデルであろう。いずれにしても保守的なスタイリングのアッパーミドル・セダンで、これを黒塗りにするとお役人が乗るのにうってつけだったと思われる。
- HH-53C型ヘリが最高速で飛んで30分のサフォーク州ウッドブリッジにアメリカ空軍の第67航空宇宙部隊兼救難大隊が駐留している。(P43)
シコルスキーHH-53Cは、ベトナム戦争でも使われたアメリカの大型ヘリコプター。
- 「それでは、えー、大統領の退避の可能性について国防省の連中に話してくれるな?」
「大統領専用車を使うことにしているのか?」専用車は、もちろん、本体到着前に空輸されることになっている。
「それが今回の問題のいわば核心なのだ。あの何台かの専用車は頑丈で立派な車だが、リンカンにいくらケブラーや強化ガラスをふんだんに使ったところで、基本的にはあくまでリンカンであることには変わりはない。 ≪中略≫ 」(P46)
アメリカ合衆国大統領が訪英することになり、大統領補佐官のクレイ・カリマンとそのかつての学友でもあったジョージ・ハービンガーの会話。やはり、大統領専用車といえばリンカーンだ。J.F.ケネディが狙撃されたときに乗っていたのも、リンカーン・コンチネンタルのプレジデンシャル・リムジンだった。
- 彼のすぐ左手、光に照らし出されている赤みがかった金色のつる草に覆われている古い壁に沿うように、サラセン装甲兵員輸送車が3台停まっていた。車輪のついた象のようにずんぐりして車首の丸いサラセンを見ると、なつかしく、心が休まった。(P57)
大統領の緊急退避用として配備されたのが、このサラセンという装甲車。巨大なタイヤが6個ついた姿は戦車とまではいかないまでも、かなり物々しい。にもかかわらず「心が休まった」というのは退避作戦の責任者=副本部長で元陸軍少将の人物。以下は、その副本部長が、避難チームの現場指揮官であるマクシムと対面したときのシーン。
副本部長はヘッドライトを通して相手を睨みつけた。ハリイ・マクシムは長身というほどではなく、身のこなしから見ると、ゆったりした戦闘服と前を開いたままの防弾上衣の下の体はほっそりとしているような感じを受ける。副本部長は彼の年齢を知っているはずだった−37かな? 肉の薄い頬のくぼんだ顔は強い光を受けて年より老けて見え、鼻から、行儀よく敬意のこもった微笑を浮かべている口の脇まで深い筋が通っている。
...なんと、マクシムと私は同い年ではないか。
- 「 ≪中略≫ これはじつにすばらしいポートだ。まさか、例の48年物ではないだろうね?テイラーではないのかね?きみはじつに恵まれた男だよ、ジョージ。」(P90)
内務省の嫌われ者、ノーマン・スプレイグがジョージの家を訪問したときのセリフ。テイラーは1692年創業という、歴史のあるポート・ワインのブランド。そのヴィンテージものはひじょうに評価が高い。それがさらりと供されるあたり、(スプレイグも言うように)さすがはジョージである。ただの酒飲みではないのだ。
- 車自体はローヴァー3500の新車で、グロースタシャでは人の記憶に残らない−このあたりの地主がイギリス製サルーンを買うとしたら、この車以外には考えられないはずだ。(P151)
このローヴァー3500は、ジョージの自家用車。本作の発表された1985年の新車ということは、ローヴァーSD1の3.5リットルV8エンジン搭載モデルと思われる。見た目は同じローヴァー2600が前作「マクシム少佐の指揮」に登場している。
- 「しかし、コンコルドには乗れないのですね?」マクシムが訊いた。(P199)
またもや事件に巻き込まれ、その釈明のためにアメリカに行くことになったマクシム。相手が先述の副本部長だけに、冗談で言っているかどうかは別として、やはりコンコルドに乗ってみたかったようだ。ご存知のように現在すでに就航を終えてしまったコンコルドに、飛行機好きの私も一生に一度は乗ってみたかったと思うが、高価すぎる運賃(往復で1万ドル以上もする)を考えると、どのみち縁はなかっただろう。
- 「ブライズ・ノートン基地から米空軍のVC-10機で行く。ちゃんと飛ぶよ・・・とにかく、アメリカほどの大きさのものを見つけ損なうことはないはずだ。 ≪中略≫ 」(P200)
コンコルドが却下され、マクシムが乗ることになったビッカーズ VC-10は、私の好きなカラベルにも少し似た、初期のジェット旅客機のひとつ。
- スミソニアン航空宇宙博物館での儀式は、古いスピットファイア機の贈呈式であった。(P202)
スピットファイアは、第2次世界大戦におけるイギリスを代表する戦闘機。いわゆる「バトル・オブ・ブリテン」でイギリス本土をドイツから防衛し、戦争を勝利に導いた立役者とまで称賛される。スピットファイアといえば思い出すのが、ドゥエイン・アンキーファーの「荒鷲たちの挽歌」という冒険小説。スピットファイアと、そのライバルのドイツのメッサーシュミットBf109が、舞台を現代にうつして空中戦をくりひろげるというストーリー。おすすめです。
- 「私たち、何もかも聞きたいけど、とくに、グッチのショルダー・ホルスターを着けてる連中がどんな質問をしたか知りたいのよ」(P210)
アメリカ勤務になっていたアグネス・アルガーがシークレット・サービスを指して言ったセリフ。アグネスがアメリカ人の彼等をどう思っているかがわかる。ところで、本作ではアグネスの活躍シーンも多く、いつも冷静沈着な彼女らしくないのだが、マクシムを助けるためにMI5での立場が危うくなる。さらに女性の武器まで使ったり、心配でしかたない。しかしマクシムに対してはナイーブなところもかいま見え、少しずつ親密になっていく2人を心の中で応援してしまう。
- マクシムは列車が好きだった。世界じゅうどこへ行っても旅客機に変わりはないが、列車はその土地の風景の一部だ。残念なことに、メトロライナーは列車であることに自信をなくして旅客機になりたがった。車輛は航空機のように丸くなっていて、座席は旅客機と同じ、前の座席の背に上げ下げできるテイブルがついていて、各座席に会社の雑誌まで置いてある。マクシムはうっかり、ありもしないシートベルトを手探りした。
(P282)
メトロライナーは、ワシントンDC−ニューヨーク間を結ぶアムトラックのいわば新幹線。もちろん日本の新幹線も、テーブルや雑誌などの上記のような事情は同じである。
- 「まず、その拳銃を貸してくれないか?」
9ミリ口径のワルサーで、戦争中にドイツ軍からぶん捕ったものらしい。 ≪中略≫ 15年前の日付の封をした弾の箱があった。箱を開けて拳銃に弾をこめると気持ちが落ち着いた。(P334)
大戦当時の9ミリ口径のワルサーといえば、まず間違いなくP38のことだろう。異国アメリカでKGBに対峙したマクシムが、この銃を手にしたときの安心感。やはり根っからの軍人なのだ。
【名称】 | フォルクスワーゲン・キャンパー |
【分類】 | 自動車 |
- 「手の打ちようがないように思えるな。フォルクスワーゲンのキャンパー・ヴァン、しかしナンバーがわかっていない・・・」(P416)
フォルクスワーゲンのタイプ2をベースに、キャンピングカー仕様にしたのがキャンパーである。
- しかし、あれはたしかにフォルクスワーゲンだった−それとも、UAZ452だったのか?(P419)
前述のフォルクスワーゲンを探すマクシム。私は聞いたこともなかったUAZ452は東側の車だが、確かに似ている。
- マクシムを無視してまっすぐ煙草自動販売機へ行き、マールボロを1個買った。(P428)
まだ壁があった頃のベルリン(西側だけれど)にも、マルボロは売っていたようだ。さすが世界のベストセラー。
- 前方でボーイング737のずんぐりした姿が西日に向かってのぼっていた。旋回しても風に押されて轟きの到達が遅れ、無音である。(P438)
「影の護衛」にも少し登場したボーイング737。1967年の初飛行以来、いろいろマイナーチェンジをくりかえしながらも、いまだに世界中で現役バリバリのこの機に、実は私もここのところ仙台−福岡間の出張でよく乗っている。
- ずんぐりした胴体、ほっそりとした角度の鋭い翼、プロペラ・エンジン2基・・・今日ベルリンにジェットストリーム機が2機いることはあり得るが、タイミングから言えば、まさに偶然の一致だ。(P442)
ベルリン訪問中だったイギリス大主教を乗せたジェットストリーム機。描写からいって初期のジェットストリーム31と思われる。
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